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周辺案内

当山関係

弘源寺毘沙門天堂

 二上山万葉ラインから外れ、林道を奥深く入ると弘源寺毘沙門天堂がひっそりと佇んでいます。
 正安元年(1299年)、紀伊由良の興国寺の法燈国師ほっとうこくしの弟子であった清泉禅師慈雲妙意せいせんぜんしじうんみょういが開祖となりました。慈雲妙意が行脚の時、二上山の幽邃の境にひかれて、山中の草庵で独り坐禅に励んでいました。やがてその禅風を慕って諸国の雲水が慕い集まって北陸随一の大道となりました。毘沙門天堂には、上杉謙信が戦のときに陣営に奉戴していたと云われている行基菩薩御作の毘沙門天像が祀られています。天正年間(1573~1592)に、越中に出征して本寺を参詣し、その帰還の際、奇異な霊験に感じて化縁けえんのため福徳富貴の護法神としてこの浄域に祀られたと伝わっています。
 弘源寺は、現在無人であり、國泰寺が管理しております。御朱印をご希望の方は、國泰寺までお越しください。

※化縁・・・・人々を仏道に教え導くきっかけ。

道幅が狭く、落石にもご注意ください。徒歩では、万葉ラインより約5分。

弘源寺
弘源寺
弘源寺
弘源寺
弘源寺
弘源寺

一般観光


男岩(おいわ)
男岩(おいわ)

日本海の荒波に立ち向かうような雄々しい姿から男岩と呼ばれるようになったと云われています。

太田雨晴観光協会
女岩(めいわ)
女岩(めいわ)

周りにいくつかの小岩があり、子を持つ母のような様から女岩と呼ばれるようになったと云われています。

太田雨晴観光協会
義経岩(よしつねいわ)
義経岩(よしつねいわ)

源義経が兄頼朝から追われて北陸から奥州へ向かう途中、にわか雨が晴れるのを待った(雨晴の由来)という言い伝えがあります。

太田雨晴観光協会
武田家(たけだけ)
武田家(たけだけ)

武田家は、甲斐の武田信玄の弟逍遥見信綱の子孫と伝えられており、代々太田村の肝煎(きもいり)やそれを補佐する組合頭を務め高300石といわれた豪農でした。

太田雨晴観光協会